
月収35万円の家賃保証営業マンだった28歳の彼が、月収70万円のリフォーム営業へ──。営業成績は伸ばせるのに、なぜ心のモヤモヤだけは消えなかったのか。「自分はもっとできるはず」という期待と「でも何をしたらいいかわからない」が同居する日々の中で、彼はどう”本当にやりたいこと”を見つけ、月収を倍にしたのか。決定的だったのは、テクニックや業界の知識ではなく、「一人でやろう」を手放した瞬間でした。相談できない、弱みを見せられない自分がどう変わったのか。その内面的な変化の軌跡をお聞きしました。


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現在地——「もっとできるはず」の答え合わせ
今、平松さんはどんなお仕事をされていて、月収はどう変わったのでしょうか?
現在はリフォーム会社で営業職をしています。年齢は28歳、結婚もしています。前職の家賃保証会社で営業をしていた頃の月収は35万円ほどでしたが、先月の月収は70万円。ちょうど2倍になったタイミングです。
数字だけを見ると「業界を変えただけ」と思われるかもしれません。確かに高単価を扱う業界に変わったことは大きかったです。でも、僕の中での本当の変化はそこじゃないんですよね。営業先で録音を取って自分で聞き返し、上司にもフィードバックをもらい、毎日ロールプレイングをして、地道にPDCAを回す。そういう「当たり前のこと」を、当たり前にできる自分になった。それが結果としてついてきた感覚です。
その「当たり前のこと」が、以前はできなかったということですか?
そうなんです。前職でも質問はできたはずなのに、僕はある時期からそれを止めてしまっていた。「この人に聞いてもなあ」という諦めがあって、自分の頭の中だけで考え続けていたんですよね。今振り返ると、「一人で抱え込むこと」が当時の自分のデフォルトになっていたんだと思います。
その自分を手放せたのが、コーチングを受けた最大の意味でした。月収が2倍になったのは結果論で、本当に変わったのは「人を頼れるようになった」という在り方の方なんです。
成果は出ても消えなかった「モヤモヤ」の正体

コーチングを受ける前、どんな悩みを抱えていましたか?
一番強かったのは、「自分が情熱を持った仕事をしたい」という想いです。当時の家賃保証の営業も、嫌いではなかったし、楽しさもありました。でも、自分の中ではどこかで「もっと情熱を持って働ける場所があるんじゃないか」というモヤモヤがずっとあったんです。
夜や昼休憩にミズカラのYouTubeを拝見していて、そこに出てくる方々が「この仕事に熱中している」「人の人生に大きく関わる仕事に情熱を注いでいる」と語る姿を見るたびに、「こんな風に働けるんだ」という希望と、「でも今の自分はそうじゃないな」という落差を感じていました。
それでも営業の成績は伸ばしていったんですよね?
そうなんです。だからこそ余計に複雑でした。YouTubeで営業テクニックを学んだり、自分で会社の目標よりはるかに高いGOALを設定して、達成するためにやれることを書き出して試してみたり。営業先の優先順位を明確に分けて、売上につながりそうな層に時間を集中投下することにしたら、毎月達成できるようになりました。
でも、結果が出れば出るほど「自分はもっと何かできるはず」という気持ちの方が膨らんでいったんです。虚無感とは違う、「自分への期待感」と「でも何をしたらいいかわからない」がセットになっていて、自分の可能性がもっと活かされる場所があるんじゃないかという渇望だけが大きくなっていきました。
「やりたいことをやってもダメなんだ」——幼児教育時代に残った呪い
その「踏み出せない」気持ちの背景には、何があったんでしょうか?
実は前職の前に、幼児教育の世界で2、3年働いていた時期があるんです。イタリアの教育法を扱う、夫婦経営の小さな教室でした。その教育に魅力を感じて、「ここで働かせてください。いずれ独立したいです」と入って、子供の人生がより良くなるためにどう関わるかをのめり込んで勉強していました。あの時の自分は、まさに情熱を持って働けていたんです。
でも、1年2年と経つうちに、代表夫婦が期待する成長スピードと僕の成長スピードが噛み合わなくなって、奥さんの方と衝突して辞めざるを得なくなった。その時に強く刻まれてしまったんです。「自分はこんだけ一生懸命やってもダメなんだ」「やりたいことをやっても、自分はうまくできないのかもしれない」と。
それが営業の成績は出るのに踏み出せない、という状態に繋がっていたんですね。
まさにそうです。「人の人生に関わる仕事をしたい」という気持ちはずっとあったのに、もう一度そこに飛び込んで、また期待に応えられずに終わってしまったら……という怖さがあった。営業で成果が出るたびに自信はついても、その自信は「もっとできるはず」という方向にしか向かわなくて、「やりたいことに踏み出す」方向には使えなかったんですよね。
期待に応えなきゃいけない、応えられなかった自分はダメだ——その信念が、僕の中にずっとすり込まれていたんだと思います。
不動産営業マン時代——売上は伸びた、けれど渇望は膨らんでいった
ミズカラのコーチングを受けようと思ったきっかけは何でしたか?
YouTubeはおよそ1年以上拝見していました。自己適用で営業のやり方を変えてきて、結果も出始めていた。でも、ある時ふと「結局、自分のやりたいことってこれじゃないよな」と気づいてしまったんです。大きな出来事があったわけじゃなく、本当に「ふと」でした。
自分一人で考えて、自分一人で試して、ここまで来た。でもそれでも辿り着かない場所がある。もういよいよ自分じゃ分からないし、コーチの力を借りる時かなと。たまたまセミナーにも参加していて、そこから体験セッションに踏み込んだ感じです。
その時、コーチングに何を期待していましたか?
「情熱を持って働ける場所」を見つけたい、というのが一番でした。ただ同時に、めちゃめちゃ迷いもあったんです。受講料も大きいし、それ以上に「ミズカラを信頼しているからこそ、ここで変われなかったらマジでやばいな」という怖さがありました。変われなかったら、もう人生で変われないんじゃないかというレベルの悩みだったんです。
そして、心の奥にはやっぱり幼児教育時代の記憶がありました。期待を持って入って、応えられなかったらどうしよう、という。コーチングという自分のためのプログラムなのに、僕はそこでも「期待に応えられない自分」を恐れていたんですよね。
やはり「この人は本物だ」——踏み出させた一人のコーチとの出会い
そんな迷いの中で、最初の一歩を踏み出せた決め手は何でしたか?
体験セッションを担当してくれたコーチの存在が大きかったです。なんというか、人柄、自信、オーラ。「この人は本物だな」と直感的に思ったんですよね。自分が迷っている時もどっしり構えて待ってくれていて、急かされる感じが一切ない。
僕は急かされるのがすごく苦手な人間で、急かされた瞬間に「あ、営業されているな」と感じてしまうんです。でもコーチはそういう次元じゃなくて、本当に人生に関わる大きな決断を、僕のために待ってくれていた。最後に「平松さんが踏み出すんだったら、僕らは全力でサポートするから」と背中を押してくれた一言が、効きました。
その関わり方の何が、平松さんに響いたのでしょうか?
完全にこっち本意で関わってくれている、という感覚です。売るために話している人と、相手の人生のために話している人は、空気で分かるんですよね。あの時、僕は「この人たちと一緒なら、自分でも変われるかもしれない」と思えた。
そして、その感覚は裏切られませんでした。結果が出なくてしんどい時期、コーチに正直に弱音を伝えたら、「自分もしんどい時期があった」と自分の経験を話してくれて、その上で「ここを乗り越えた先がまたブレイクスルーだから、平松さんなら大丈夫だから」と励ましてくれた。
それでも「もうしんどいよ」と思う日もありました。頭で分かっていても気持ちが追いつかない。でも、そういう日も含めて、コーチが一緒にいてくれたのは大きかったです。
弱みを見せられなかった自分——コーチングプログラムで直面した壁
コーチングを受け始めて、まず直面したのはどんなことでしたか?
「人を頼れない」「甘えられない」という、自分の中の固い壁でした。体験セッションの時から、担当コーチからも何度も指摘されていたんです。「平松さんは頼れていないですよね」と。頭では分かっていたんですよ。でも、できなかった。
前職の営業をしていた時期に、ある時から上司に質問するのを止めてしまったことがありました。質問しても感覚的な答えしか返ってこなくて、「この人に聞いてもなあ」という諦めが芽生えてしまった。それ以来、分からないことがあっても自分の頭で考えるしかなくて、どんどん沈んでいく。「もういいわ」と心を閉じる癖が、僕の中には染みついていたんです。
コーチングのプログラムの中で、その壁にどう向き合っていったんですか?
受講を始めてから、本気で向き合いました。けれどなかなか手応えが掴めなくて、結婚もしていて家庭の責任もある状況でしたから、気持ち的にしんどくなっていったんです。布団から出られない日もありました。
数字的なGOALを掲げて、成果を出している仲間にも色々教えてもらってフィードバックをもらって、PDCAを徹底的に回しても、結果がついてこない時期があったんです。「しんどいな」「これできるかな」と、ネガティブなセルフトークが止まりませんでした。
「自分はこんなに一生懸命やってもダメなんだ」——幼児教育時代の声が、また蘇ってきたんです。
「頼ることが最速だ」——コーチングで得た最大の発見
コーチングを受講した中で、最も大きな転換点はどこでしたか?
あるセッションで、人生で一番ひりひりするような決断をしました。でもその決断を取ったことで「こんなに人生って変えられるんだ」と実感しました。もう一段深くプログラムに向き合うと決めて、そのチャンスを掴むために自分から動く場面があったんです。「ここで動けない自分でいるのか、動く自分になるのか」と自分に問いかけて飛び込んだ。
その時、僕の中には既に自分なりのGOALがありました。GOALがあるから、決断ができた。GOALと決断がセットで揃った瞬間に、人生の景色がパチンと切り替わったんです。「ああ、やっぱり自分は人の人生に関わりたいんだな」と、過去がすべて回収される感覚もありました。
その後、現在の職場に移って結果を出すまでには、何があったのでしょうか?
正直、一度どん底まで落ちました。プログラムに本気で向き合っていたのに、思うような結果が出せなかった。「自分ってやっぱりできないんだ」という心の声がまた大きくなりました。
でも、転機になったのは、現在のリフォーム会社で組ませてもらう上司が変わったことです。今の上司はとても仕事ができる方で、論理的に分かりやすく説明してくれる。その人を見た瞬間、「この人の言うことをまずちゃんとやっていけば、結果が出るんじゃないか」と思えたんです。
そこからは、ひたすら質問しました。「これってどうなんですか?」「こうなったらどうすればいいんですか?」と。営業現場で録音を取って自分で聞き直し、上司にも聞いてもらってフィードバックをもらう。毎日ロールプレイングをする。家賃保証会社時代の僕には絶対できなかったことです。
「人を頼る」という行動が、なぜできるようになったんでしょうか?
REBOOSTを含むプログラムを通じて、結果を出している人と出ていない人の違いを、もう如実に見せられたんです。仲間と関わりながら動いている人は成果が出ていて、引きこもってしまう人は成果が出なくなっていく。それを目の当たりにして、「やっぱり聞く人は成果が出るんだ。だったら俺も聞きに行こう」と素直に思えたんですよね。
「人を頼ること」を、感情の問題ではなく戦略として捉え直せた瞬間でした。「頼ることが最速だ」「弱さを見せることがチームで動ける近道だ」と腑に落ちたんです。一人で抱え込むのは、もう”美徳”ではなく”非効率”でしかなかった。
頼れる時と頼れない時の波は今もあります。新しい職場でも最初は頼れなかった。でも、波がありながらも、確実に「弱みを見せられる自分」に戻ってこられるようになった。これが、僕の中での一番大きい在り方の変化です。
同じ場所に立つあなたへ
最後に、かつての平松さんと同じように「このままでいいのかな」「頼らなきゃいけないのは分かっているけど、まだ怖い」と感じている読者へメッセージをお願いします。
「自分一人で何かを成し遂げたり、大きく変わるのって、限界がある。だからこそ、その先にもし行きたいのであれば、絶対に人を頼った方がいいよ」これを伝えたいです。
僕も、ずっと一人で頑張ってきた人間でした。YouTubeを見て自己適用して、自分で考えて、自分で試して、結果も出していた。でもそれだけだと、たどり着けない場所があるんですよね。「もっとできるはず」と感じている時点で、それは自分一人の限界に薄々気づいているサインなんだと思います。
僕の場合、結婚していて家庭の責任もあったので、踏み出すのはものすごく怖かった。それでも踏み出せたのは、「やりたいことをやった先の自分の方が、今のままの自分より、絶対に家族を幸せにできる」と信じられたからでした。GOALを見続けることと、人を頼ることは、僕にとっては同じ一つのことだったんです。
弱さを見せることは、負けることじゃない。むしろ、本当に行きたい場所に最短距離で行くための強さです。あの頃の僕に伝えたいことを、今、これを読んでいるあなたに渡せたら嬉しいです。
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