評価のために消耗し続けた経理責任者▶︎GOAL起点に変わったら仕事も家族も年収も変わった

事業会社で経理財務責任者を務めるK.Kさんは、40代のとき、年収1,000万以上という水準にありながら、出口の見えない消耗感のなかにいた。会社が担う重大な経営課題のプレッシャー、社長との価値観のぶつかり、繰り返す体調の悪化。エンジニアとして社会に出て以来、職場を変えても変わらないそのパターンは、なぜ終わらないのか。

ミズカラのコーチングを受けたK.Kさんは、「社長からどう評価されるか」を起点に動くことをやめ、自分のGOALを起点にした思考へと切り替えた。仕事の環境が変わり、家族が変わり、年収が上がった。現在はグループ会社の経理財務責任者として、ゼロから組織をつくる日々にある。何が思考の起点を変えたのか、その軌跡を聞いた。

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松田 皓太 株式会社ミズカラ CEO

経営・マーケ戦略の専門家。銀行、Salesforce社などの大手外資系Saas会社に従事した後、マーケティング領域の会社を起業・売却。その後株式会社ミズカラに参画し、CEOとして戦略立案や組織設計を担う。

村岡大樹 株式会社ミズカラ CPO

外資系製薬を経て、パーソナルジムの急成長を牽引。2021年に起業し、翌年GOAL-B(現ミズカラ)に参画。CSOとして組織改革を担った後、代表就任。受注16億超を達成し、現在はCPOに交代。著書『自分の変え方』を出版、累計5万部を突破。

頑張れば頑張るほど辛くなる。何かが、ずっとおかしかった

これまでのキャリアを教えてください。

大学で情報工学の基礎を学び、卒業後はアメリカへ1年半留学しました。帰国してエンジニアとして働いたんですが、長時間労働が続いて体を壊してしまって、一度仕事を辞めたんです。そこから受験勉強に集中して公認会計士の資格を取得し、地元で6年ほど働きました。その後、転職エージェントの方に声をかけていただいたのをきっかけに東京に出て、コンサルティング会社に移りました。

コンサルでも、また体を壊すくらいまで追い込まれました。それをきっかけに今の事業会社に入って、経理財務の責任者を担うようになりました。職場を変えるたびに「今度こそ」という気持ちがあったんですが、どこでも「頑張って評価されるんだけど、すごい辛いタイミングが必ず訪れる」という感覚があって。場所を変えてもパターンが繰り返されていましたね。

当時、職場でどんな葛藤がありましたか?

当時の会社は大きな経営目標に向かっているタイミングで、私がジョインしたときはちょうどその中核を担う時期でした。社長は「業績達成を最優先」という考え方で、私は会計士として呼ばれた以上「お金をかけてでも業務フローをきれいにしたい」という思いがあって。どちらの言い分も分かるからこそ、折り合いがつけられなかったんです。「社長の考え方を変えるにはどうしたらいいか」という問いが、頭から離れなくなっていました。

コーポレートと営業畑では、会社に対するスタンスが全然違うんですよね。社長の目指す方向を実現しなければならない立場でありながら、自分の信念とのギャップが埋められない。
そこに「相手の期待に応えられない自分には価値がない」という思い込みも重なって、プレッシャーは積み重なる一方でした。社長と話すたびに、その葛藤が強まっていましたね。

本を読んで知識は増えた。だが現実には何も当てはまらなかった

状況を変えようと、自分なりに試していたことはありますか?

ひたすら本を読んでいました。組織開発の本、チームマネジメントの本、「経営者は何を考えているか」を解説した本。うまくいった事例を探して、そこから使えそうな手法を試す、という繰り返しです。タスクを細かく割り振る、進捗をこまめに確認する、あえて任せてみる。本に書いてあることを片っ端から実践しました。

でも、理論が現実に当てはまらないんです。ジョインしたときに部下が3名いたんですが、そのうちの2名が辞めてしまって。想いを伝えたら乗ってくれると思っていたんですが、そうはならなかった。「知識のところだと、なかなか自分の現実に当てはまるものがなかった」という限界を、はっきり感じ始めていましたね。

そこからどんな方向へ考えが向かいましたか?

「考え方そのものを変える」というアプローチに向かっていきました。もともとロジックや科学的な根拠があるものに強く惹かれる性質で、エンジニアとして数値を扱い、会計士として精度を求めてきた積み重ねから、「再現性のある方法でなければ意味がない」という思考がずっとあって。知識を外から入れるだけでは認知は変わらないと気づき始めたとき、認知科学という領域に関心が向いていきました。

動画を見るだけでは変わらないという気づき。

ミズカラのことを知ったのはどのようなきっかけでしたか?

ミズカラ執行役員の方の動画が最初のきっかけでした。「ゴール設定と組織の成長の関係」を解説している内容を見て、「やりたいことはこれだ」と感じたんです。GOALを起点に、そこから逆算して組織のあり方を考える。それまで読んできた本には、そういう視点がなかった。どう動かすかではなく、どこへ向かうかから考えるという発想の切れ味が、すごく新鮮でしたね。

ただ、「コーチングは怪しい」という先入観もありました。ミズカラのYouTubeを一通り見てから体験コーチングを受けたんですが、セッションの中で自分の現状をどれだけ変えたいかを改めて確認できました。漠然と感じていた消耗感が、「これは変えなければならない状態だ」として輪郭を持ち始めた感じがしましたね。

申し込みまでの期間、どんなことを考えていましたか?

金額もそうですが、「コーチとのセッションを重ねるだけで、本当に現状が変わるのか」という疑問が一番大きかったです。YouTubeをもう一度見直して、「これなら自分でもできるんじゃないか」と思ってみたりもしました。
でもしばらく経っても答えが出なくて。結局「分からなかったので、やってみることにした」という感じです(笑)。

申し込む決め手になったのは、「動画を見ているだけじゃ変わらない」という気づきです。本を読み漁っても変わらなかった体験と重なりました。知識を外から入れるだけでは認知は変わらない。変わるには、実際に自分と向き合うしかない。その確信とともに、受講を決めました。

受講中の苦しさと、「完璧じゃなくていいんだ」と許された感覚

受講中に苦しかったことはありましたか?

受講が始まって、セッションで学んだことをすぐに職場で試してみようとしました。メンバーに自分の強みや得意なことを探ってもらうようなアプローチを試みたんですが、途中で「あれ、俺何を話したかったんだっけ?」という状態になってしまって。全体像を理解していない人にいきなり一部だけ持ち込んでも機能しない、というのを実感しました。

コーチらしく振る舞おうとすればするほど、「これって本当に自分なのか」という戸惑いがありましたね。職場でも、経理財務のメンバーへの働きかけを試みるたびに「なかなかうまくいかない」という感覚が続いて。GOALの話をしても「その着地ってどこですか?」という空気になってしまう。「自分が頑張るより、頑張らない方が楽なんじゃないか」とさえ思う時期がありましたね。

それでも受け続けられたのは、ミズカラのJCC(認知科学コーチ養成講座)にも同時期に参加していたからだと思います。変化が誰かしら起きているので、ずっと変化している熱量の中にいられました。そこで変わっていく受講仲間の姿を見ていたことが、自分の変化を支えてくれましたね。一人だと揺り戻しが来ても、周囲の変化が引っ張り続けてくれる感じがありました。

転換点になった体験を教えてください。

社長と副社長を前に、「自分にダメなところがあったら、ちゃんと指摘してほしい」と言ったことがありました。それまでの自分には言えないことで、相手の期待に応えられなければ自分に価値はないと思い込んでいたので、弱さをさらすような発言は怖かったんです。でも実際に言ってみたら、場はスーッと流れた。「ああ、そうなんだ」みたいな感じで、怒られることも関係が悪化することも、何も起きなかった。

「想像していた怖いことが何も起きなかった。だったら、やりたいことをやった方がいい」という気づきが、思考の起点を変えていく契機になりました。そしてREBOOSTという2日間の集中プログラムで、もうひとつの転換点が訪れました。プログラムの中で、家族に対して自分の気持ちをほとんど話してこなかった自分に気づきました。期待に応えられなければ価値がないという思い込みが、ずっと自分の言葉をふさいでいたんだと分かったんです。参加者全員の前で「妻に感謝を伝える」と約束して、その日のうちに実行しました。

伝えてみたら、妻からも感謝の言葉が返ってきました。完璧でない自分に価値はないという思い込みが、ちょっと「許された」みたいな感じで緩和された感覚がありました。コーチングを受けていなければ、自分から伝えることは一生なかったと思います。

うるさいと言われながらGOALを語り続けたら、家族が全員動き出した

受講後、家族関係にも変化があったそうですね。

家でGOALという言葉をよく口にするようになったんですが、妻からは「うるさい」と言われながらも言い続けていました(笑)。最初は「何を言ってるの?」という反応だったんですが、やがて「そっちの方がいいんでしょ?」と自分から動き始めて。友人と一緒に美容師の資格を取ることを決めて、勉強を始めました。

子供たちも変わりました。「何がやりたいの?」と問いかけ続けていたら、2人がドッジボールのクラブチームに入って選手を目指し始めたんです。妻はPTAにも本格的に参加して、広報の仕事を始めました。「家族全員前向きになったな」という感じで。受講前は土日も仕事のことが頭を離れず、合間に家族と対応するような日々で、それが、家族それぞれが自分のやりたいことに向かって動いている状態に変わっていきました。

変化は終わっていない。転籍先でゼロから始めた

現在のお仕事の状況を聞かせてください。

コーチングの受講中に、グループ会社の経理財務責任者として転籍しました。職責の拡大に応じて、年収はあがっています。新しい会社では「ゼロからルールを作れる」という面白さがあって。少人数のチームのメンバーと一緒に組織を整え始めていて、前職で試行錯誤してきたことを、より大きな裁量のなかで実践できる場が生まれた感じがしています。

GOALを起点に考えるようになってから、チームの動かし方も変わりました。以前は、自分が指示してメンバーが個別に動く「バラバラな動き」だったのが、今はコアメンバーそれぞれが守備範囲を持って、互いに関わり合う形になっています。「各自の強みを活かした配置に少しずつ近づいてきた」という感覚があります。

今後の展望を聞かせてください。

経理財務の枠を超えて、経営企画や会社全体に関わるポジションへ移っていきたいという展望があります。「GOALは達成したら終わりではなく、常に先に置き続けるもの」だと、コーチングを通じて実感しました。GOALが変わったから、見える世界も変わり続けています。

当時の自分と同じような状況で悩んでいる人に、何を伝えますか?

「変わる気があるなら、大丈夫です」とお伝えしたいですね。コーチングが機能するかどうかは、本人に変わる気があるかどうかだと、受講を通じて感じました。そして変化は、意識して起こすというよりも、気づいたときには既に起きている。振り返ってみたら、仕事も家族も年収も、気づいたら全部変わっていた。そういう体験でした。


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